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![]() ロックンロールの自殺者 |
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大阪ロック夜話 本当はこれが書きたくてHP立ち上げたのに、すっかりおそーなって しまいました。 あの頃君は若かった、おまけにバカでガキだったそんなころの話なんじゃ! 閑な時に読んでくれ〜イ。 |
| 第1話UDOへイク〜Chie誕生! |
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あれは忘れもしない、いつのことだか?とにかくRockばかのわしが高校生に なって、バイトっちゅーもんを始めたのねん。とうぜん金ができて LP買いあさって、ギター買ってますますRockにのめり込んでいったわけやねー。 78年秋ごろはすごいラインナップでつぎつぎ来日コンサートがあり、 ( WISHBONE ASH GENESIS JEFF BECK FRANK MARINO & MAHOGANY RUSH DAVID BOWIE)バンドにバイトに走り回る日々が続いておったのですが、 どうも1つ疑問がある。発売日に券を買ってるのに、なんでわしはいつも2階でコンサートを見ておるのか? あのいつも最前列にいる人らはどうやってチケットをこうとるんじゃろ〜か? 思い付いたら走り出すわしは当然UDOへ走っていったわけやね。 当時のわし&自室
79年はJapanの発券が年明け早々に決まっていて、きっと今日は(1/5)まだ、 誰もおらんじゃろーと意気揚々とUDOへいったら(当時は堂島小学校裏だった) グランドの柵に沿ってずら〜と人がおる。しぇ〜なんじゃこいつら! みんな、すっごいグラムファッションやった。中にはシルビアンそっくり なやつもおる!(プラチナブロンドやねんなー)もう、がっーーくりきた。 それで、先頭のやつがノートもって名前呼んでるの。ああ、これが噂の点呼かあ。 わし「あのー、Japan並んではるんですか?」 赤髪の男「そう、つぎやったら65番ね、名前は?」 わし「えーと、レイラにします。」(書いててはずかしわい、ドキュメントです。) 赤髪の男「あーレイラはもうおるから、あかんわ。レイラ3もおるからねぇ。」 ちょうどその時、いっしょに来てた同級生のF子が 「なー、この人らがチケット取ってくれるねんて〜」と胡散腐そうな金髪男を連れてきた。 そいつは人のことじろじろ眺め回して、いーよった。 「お前ちえによう似とんなあ。今度からお前のこと、ちえって呼ぶわ。」 げげっなんじゃこの男は? これが後々の騒ぎの元凶、地味iyこと正◯との衝撃の出合い&Chie誕生の秘密やってんな。 よくどーしてChieなんですか?(本名は別名)と聞かれますがそう、正◯のせいです。 この年までこの名前で呼ばれるとは当時まったく思いませんでした。(笑) とにかく正◯は1番のグループだとゆーのでわしとF子は大いに喜んだ。 点呼に何回かでればいい席を回してくれるのだとゆー。やったあ、ついにステージ の側でコンサートがみられるんじゃ〜。 わし「次からどうやって連絡とったらいいですか?」 正◯「おれねー家ないし、電話ないし。(恐ろしいことにほんとの話) なんか用事あったらこの店にTelかけて、」 黒いマッチにRock House Bong BokoとあってあとはTel Noしか描いてない。 わし「このお店どこにあるんですか?」 正◯「なんや〜Bokoしらんの?よし、今から連れていったるわ。」 わしとF子はちょっとびくつきながら正◯についていったんですわ。あー無謀じゃ。 よいこの女子高校生はぜったいまねしちゃいけません。(爆) 当時、Bong Bokoは阪急東通りにあって、グラム、ストーンズ系Funのたまり場で、 めちゃくちゃ狭くてこ汚い店でした。すごーくドアが小さくてまず、普通の人は入ってきません。(笑) わしはここでそのあとものすごくいっぱい大切な人々と出会うのでした。 ある日のBong boko
つづく(この話長いのよ) |
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閑話休題………………………………………………… このころ大阪でRockが聞ける店といえば、キタではビデオカフェのはしりの 「キューピット」 が有名でしたね。阪急ファイブの裏にあって店構えも普通でした。(笑) よくZepの「永遠の詩」やパープルのカリフォルニアジャムなんかのさわりを 店頭で流していたので、前を歩いてて足を止めた人も多いでしょう。 たしか、1時間ごとに追加注文を取にくるシステムでリクエストがかかるまで、ねばって よく出る時支払いでげげっとなりましたん。 ヘップの観覧車に乗ると今でも看板だけは見ることができます。 壁一面のスピーカーから大音響でグラファンがながれる 「Now」 今の阪急カッパ横町近くにありました。 とにかく店の中は真っ暗ですさまじい音量で1時間もいたら 耳がじんじんしました。なぜかペンライトで本を読んでる腰まで長髪の人とか、 ずーっとスピーカーの前で踊ってる人とか、泣きながらキンクリをリクエストする女とか いて、わけわかんないところでしたが、「ドナルドFuck」のTシャツをきた店の人はハンサムぞろいでした。 わしはここでプログレに開眼しました。 阪急百又ビルの地下にあったライブハウス 「バーボンハウス」 よくロックコンテストの予選をやってました。大上るり子とか金子マリとか、石田長生とか ブルース系はここでよく見ました。浪速ファンクといわれた花伸とか懐かしいですね。 今でゆーとウルフルズみたいなかんじかな? 天王寺 「マントヒヒ」 わしがしってるかぎり世界で一番汚い茶店。 椅子がたき火するような一斗缶で、壁はエポキシ樹脂みたいなものでぐしゃぐしゃで テーブルが壊れてました。(よく営業できてたな)もともとブルースが主体のお店のようですが、 あまりの汚さに2度と行く気になりませんでした。 あとボロいといえば同じく天王寺の 「不思議の国のアリス」 2階がスタジオになってて下の店に音が響くんですよ。 「マントヒヒ」よりはましでしたが、やっぱり服がよごれそうなお店でした。 ここは大阪ブルースマンのメッカで、渋いおじさんがいっぱいジャムっていました。 よしろうと南田くんのコンビが女の子に絶大な人気があった 「ビートルズ」 心斎橋にありました。入り口にかざられたジギースターダストのボウイの写真が 印象的でした。ここもストーンズフリークが多かったかな。ここから御堂筋を 渡ると ライブハウス「バハマ」 ここは44マグナムやアースシェイカー、プレゼンス (ジュディ&マリーの恩田さんが在籍)など大阪のロックバンドをどっさり 排出してるお店です。今も元気に営業してます。 難波にあった 「ハードワン」 輸入もののライブ盤が充実したお店で、イーグルス やオールマン、エンジェル(みんな憶えてますか?)のライブ盤をながして 椅子やテーブルをかたずけてよく踊りくるってました。(笑) 知り合い同士で店員を回したのが元でぱんぴーに広まらず半年たらずで潰れてしまいました。 わしらが集うと店が潰れると言われたのはこの店からでしょう。(おー恐) まだまだ、ありますが「バハマ」を除いてみんな無くなっちゃってるんで さみしーなー。今でもクラブとかでおもしろいお店あるんでしょうが、 最近は夜遊びしてないので(ほんまかー?の声あり)わかりません。 Top pageにもどる |